ギリヤーク尼ヶ崎の本名や結婚と弟は?病気に経歴や演目(踊り)も!

ETV特集「その名は、ギリヤーク尼ヶ崎 職業 大道芸人」で放送されてた86歳の伝説の大道芸人ギリヤーク尼ヶ崎さんの本名や結婚と弟、そして病気に経歴も調査してみました。

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ギリヤーク尼ヶ崎さんの本名は?

ギリヤーク尼ヶ崎(ギリヤークあまがさき)さんの本名ですが、尼ヶ崎 勝見(あまがさき かつみ)さんといいます。

芸名であるギリヤークの由来は何かといいますと、ご自身の見た目が樺太の少数民族ギリヤーク(近年はニヴフと呼ばれているそうです)に似ているところから取ったとのことです。

ギリヤーク尼ヶ崎さんは北海道函館のご出身ということなので、小さいころから樺太の少数民族ギリヤークのことをご存じだったのかもしれませんね。

ギリヤーク尼ヶ崎さんのご結婚や弟さんは?

ギリヤーク尼ヶ崎さんはご結婚されているのかと申しますと、ご結婚は一度もされたことは無いらしく、独身ということです。

現在ご家族と呼べるのは一緒に暮らされている弟のはるさんだけのようです。

これまでご結婚されていないということは、芸を優先して生きてこられたからなのでしょうか。

また、弟のはるさんとは何十年も一緒にいらっしゃるようです。

ギリヤーク尼ヶ崎さんの患われた病気とは?

ギリヤーク尼ヶ崎さんは病気を患われていらっしゃいます。

2011年に診断された病気はパーキンソン病です。

パーキンソン病とは、手足が震えて、身体が次第に動かなくなってしまう病気のことで、宣告されたときには大道芸人であるギリヤーク尼ヶ崎さんにとっては私たちが想像できないようなつらいお気持ちになったのではと思います。

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ギリヤーク尼ヶ崎さんの経歴は?

ギリヤーク尼ヶ崎さんの経歴につきましてもご紹介いたします。

幼いころから門附芸人や角兵衛獅子などの大道芸に親しまれていたようです。

また器械体操をされていて、1946年の国民体育大会では体操競技の北海道代表となられています。

当時は映画俳優を目指されていたのですが、なまりが強いということでオーディションにすべて落選されてしまったようです。

その後舞踊家としても活動されますが、芽が出ることなく、警備員等をしながら生活をされていたとのことです。

そして30代になったころから大道芸に転向し、38歳で初めて該当公演をおこない、以後「鬼の踊り」という舞踏が賞賛されて「最後の大道芸人」と呼ばれるようになります。

ギリヤーク尼ヶ崎さんの演目(踊り)は?

ギリヤーク尼ヶ崎さんの主な演目(踊り)は、「ナムアミダー!」の叫びを連発し、観客の輪を抜けて駆け出し、冷水を浴びて転げ回るという代表作「念仏じょんがら」をはじめとして、じょんがら節に合わせて激しく踊りつつ、表情を千変万化させる「涅槃じょんがら」、じょんがら節を奏でる仕草を基本として激しい動きを見せる「じょんがら一代」、ピエロのような衣装で一輪の紅いバラを手にして舞う「夢」などがあります。


ギリヤーク尼ヶ崎さんの人生、生き方を知り、皆さんはどうお感じになられたでしょうか。

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