川原尚行(スーダン日本人医師)の年収は?息子に妻や経歴も調査!

「世界ナゼそこに日本人 デンマーク番組最高齢93歳女性&スーダン無医村救う医師」で東アフリカのスーダンで奮闘する日本人男性医師の川原尚行(かわはら なおゆき)さん。

今回は川原尚行さんが気になり、年収や息子に妻や経歴も調査してみました!

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川原尚行(スーダン日本人医師)さんの経歴は?

川原尚行(スーダン日本人医師)さんの経歴ですが、1965年9月23日の現在51歳。

福岡県北九州市八幡東区の生まれです。

出身高校は福岡県立小倉高等学校で1984年3月にご卒業されています。

出身大学は九州大学医学部で1992年にご卒業。

その後は九州大学第二外科(現在は消化器・総合外科)へ入局され、臨床医として経験を積まれました。

ちなみに、九州大学第二外科(現在は消化器・総合外科)で働かれているときに、海外留学をされており、川原尚行さんは留学先として選んだのはアフリカで、アフリカを選ばれたのは川原尚行さんのみでした。

なぜ川原尚行さんがひとりアフリカを選ばれたのかは個人的にはすごく気になりました。

そして、九州大学臨床大学院(生化学)を修了し博士号を取得されます。

外務省の在タンザニア日本大使館に医務官兼二等書記官として勤務され、ロンドン大学で熱帯医学を学ばれ、在スーダン日本大使館に医務官兼一等書記官として勤務されます。

2005年1月に辞職され、同年4月よりスーダンで活動を開始され、2006年5月にはスーダンにおいて医療を中心に活動を行うNPO法人「ロシナンテス」を設立し、そして、同年に国際NGO「ロシナンテス・スーダン」を設立されています。

川原尚行さんのこの経歴、すごいですね。

そして、川原尚行さんがなぜ外務省を辞めてスーダンで医師として働くということを選んだ理由は何かといいますと、その理由はスーダンの悲惨な内戦の状況を見られて、なんとかしなければと思ったことがひとつで、そして、外務省勤務という立場ですと、自由にアフリカの現地の人々に対し医療行為が出来なかったからとのことです。

この理由を伺うと、まさに川原尚行さんの医師としての情熱だったのではないかと思いました。

川原尚行(スーダン日本人医師)さんの年収は?

川原尚行(スーダン日本人医師)さんの年収ですが、具体的に現在の川原尚行さんのお仕事としてはスーダンでの巡回医師ということになります。

ビジネス視点で見ると儲かるお仕事ではなさそうですね。

実際に調べてみると川原尚行さんのスーダンの医師としての収入は月収として10万円に届かないそうです。

外務省時代の年収が1700万円ということですから、この収入の差を考えますと、外務省を辞められた際にはご家族は不安に思われたのではないでしょうか。

川原尚行さんは本を出版されていたりもしますが、そこまでの収入ではないかと思われます。

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川原尚行(スーダン日本人医師)さんの息子さんは?

川原尚行(スーダン日本人医師)さんの息子さんですが、まず川原尚行さんには子供が3人います。

息子さんが1人、娘さんが2人になります。

川原尚行さんの息子さんは高校は父親である川原尚行さんと同じ福岡県立小倉高等学校をご卒業され、ラグビー部だったというところも父親の川原尚行さんと一緒です。

そして、川原尚行さんの息子さんは慶應義塾大学に進学されています。

川原尚行さんの息子さんも優秀な方なんですね。いやはや、すごいですね。

川原尚行(スーダン日本人医師)さんの妻(奥さん)は?

川原尚行(スーダン日本人医師)さんの妻(奥さん)の名前は佳代さんといいます。

川原尚行さんの高校時代の同級生でラグビー部のマネージャーをされていました。

妻の佳代さんは広島大学に入られたのでいわゆる遠距離恋愛だったそうです。

ということはおそらく川原尚行さんと妻となった佳代さんは高校時代からお付き合いされていたことが推測されます。

いやー、部活のマネージャーさんとお付き合いできるとか、うらやましい限りです。

ちなみに川原尚行さんは大学時代もそうだったのですが、高校時代もラグビー部のキャプテンをされていたとのことですから、キャプテンとマネージャーということで、いわゆるお似合いのカップルだったのでしょう。


過酷な状況でご活躍されている川原尚行さん、本当に素敵ですよね!

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